アメリカの作家であるエドガー・アラン・ポー(1809〜1849)の短編小説「アッシャー家の崩壊』にはギターが登場します。
これはクラシックギター好きなら読まずとも推測できることかもしれません。
ニキータ・コシュキンの『アッシャー・ワルツ』がこの小説を元に作曲されたと言われといるからです。
私も20代の頃この曲をよく弾きました。マンハッタン音楽院の入学試験でも演奏しました。最近は演奏するレパートリーを19世紀の音楽中心にしているので、あまり弾くことはありませんが、機会があればまた取り組みたい曲です。
話を本に戻しますが『アッシャー家の崩壊』は1839年に発表されたゴシック・ホラー小説です。内容が怖いかというと確かにぞっとする場面もありましたが、個人的には『黒猫』というポーの別の短編の方が怖かったです。
ネタバレになるので、あまり物語の筋についてここでは書きませんが、作中の登場人物ロデリック・アッシャーについて少し書きたいと思います。
この人物はアーシャー屋敷の主人で、遺伝的な病気(?)に苦しみ、昔の友人である「語り手」を手紙で屋敷に呼びます。
この人物の病気というのが奇妙なものです。一言で言えば感覚が鋭敏過ぎるという病気です。
味の薄いものしか食べられない、弱い光でも責め苦となる、花の香りに耐えられない、決まった素材の衣服しか着れない、音楽に関してはある種の弦楽器の音しか受け付けない等の症状があります。
そのアッシャーが受け付ける弦楽器の中に「ギター」が含まれています。実際この人物は「語り手」の前でギターを演奏します。
彼のギターは即興で奏でられるのですが、「語り手」を唸らせる演奏だったようです。特にウェーバーの最期のワルツ(本当はド・ベランジェの曲)を元にその狂おしい作風を捻って誇張したような曲が「語り手」の印象に残ったようです。
おそらく『アッシャー・ワルツ』はその描写から生まれた曲なのでしょう。しかしウェーバーの最期のワルツとはあまり似ていない曲です。
アッシャーはギターに合わせて即興で詩を詠んだという記述もあります。アンデルセンの『即興詩人』でも主人公はギターを弾きながら即興詩を詠みますか、そういう文化が当時あったのでしょうか?この点についてとても興味があるのでいずれ詳しく調べたいです。
『アッシャー家の崩壊」の作中の年代と場所は明かされていませんが、1839年発表された作品ですので19世紀のアメリカだと推測されます。
つまりロデリック・アッシャーは19世紀ギターで即興演奏していたことになります。
楽器の製作者を推測できる描写はありません。残念ながら構えや足台やストラップの使用などについての情報も一切ありません。
しかし歴史的事実から無理やりギター製作家を推測することができます。1830年代のアメリカではギターに関する大きな出来事が起きました。
それは現在でもアコースティックギター製作のパイオニアとして知られているC.S.マーティンが1833年にアメリカに移住し、ギター製作を始めたことです。
マーティンはもともと家具職人でしたがウィーンのシュタウファーの弟子でした。シュタウファーはこのブログにも名前が出たことがありますが、パリのラコート、ロンドンのパノルモと並ぶ19世紀ギターの製作家です。
当時のウィーンでギターを作るにはヴァイオリン職人のギルドに加盟する必要があったみたいですが、マーティンは家具職人のギルドのメンバーだった為にもめてしまい、自由の国アメリカに移住するに至ったようです。
1833年に移住した当初はシュタウファー・スタイルのギターを製作していたのですが、当時のアメリカの流行り音楽に使用するには音量が足りず、改良を重ねた結果現在に繋がるマーティン・モデルのギターが誕生しました。
この歴史的事実を踏まえるとロドリック・アッシャーの使用ギターはマーティンであった可能性があると考えられます。無理やりな推測ですが、年代的にはぴったりです。
しかしアッシャーはより繊細な弦楽器の音色を求めたはずですので、音量を求めて改良される以前のマーティンギターの方が合っている気がします。館の雰囲気にも調和しそうです。
植木
私もまん